急に寒くなりました。今日からブログを始めることにしました。以前から準備をしていましたので、さかのぼって11月1日に書いたものから掲載します。
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11月1日
10月21日(日)、この日私は前日からある会合が続いた為東京に泊まって居た。
朝食を済まし、そろそろホテルを出発しようとした時、携帯電話が鳴った。高校時代のあまり親しくないN君からだった。何事だろうと思ったら、
「君は俳句をやるんだね」とのっけから言われた。
「まだ見ていないのか。今日の日経の「俳壇」に君の句が冒頭に選ばれている。」
それから日経を探すと
『為すことの無し夜半の虫身にひびき』
『岡武秀氏の句。虫が鳴いている。夜である。やらねばならない仕事も無い。手持ち無沙汰のまま日が暮れ、闇が深まるとともに、虫の声が高まってきた。夜半のひびき。ここが旨い。』と黒田先生の句評が載っていた。
今から8年前、沼津の知人に誘われ、強引に句会に入会させられた。年に4回20人以上集まって、一人5句を投句し、互選の後先生の指導がある。
生まれて殆ど始めての経験で、5句作るのがやっと、周りの人たちはかなりの経験者が多くとても太刀打ちできず、又多忙の精もあって出席率も悪く最悪のメンバーである。
先日、物は試しに日経の俳壇に投句をしてみたが、そのことはすっかり忘れていた。それがあろう事か、黒田杏子先生に選ばれて当人が一番びっくりしてしまった。
その後も何人かの友人・知人から電話を貰ったが一様に
「お前が俳句をやるなんて知らなかった。」と冷やかされた。
しかし、「豚もおだてりゃ木に昇る」の喩え、何となく自信がついたので、これからこの欄を書き始めるにあたり、毎回一句作ることに決めた。何時まで続くか又どんな句が出来るか解らないが努力するつもりだ。
11月3日(文化の日)
「秋の叙情歌を歌う」と題して、上野の野外音楽堂で次女が歌うコンサートが開催された。
前日まで空模様が不安定で当日も心配されたが、文化の日は天気が多い、のジンクスに助けられ何とか降られず、途中から秋の日差しも出てきた。
何しろ会場が広いので、お客がどの程度はいるかが問題だ。30分前に会場に着いたが、まだ数人しか居ない。主催者も初めての試みという事で、どのくらい入場者が来るか全く予想がつかないといっていた。
そのうち私が通知をした友人・知人が少しずつ見えてきて始まる前には300人ほどの客が集まってくれた。
どの歌もみんなの知っている曲なので口ずさみながら楽しそうに聴いてくれている。
次女は、3日ほど前から風邪気味で発声練習もしていなかったので心配していたが、思ったより声が出ていたのでほっとした。
会場は結構寒いので途中で帰ってしまう人が出てくるか心配したが入ってくる人は居るが、出て行く人は殆ど居なかった。
途中からみんなで歌うコーナーとなり、歌唱指導をしながら、「赤とんぼ」「夕焼け小焼け」を全員で歌った。アンコールには「平城山」今流行している「千の風に乗って」を歌い、最後に主催者のたっての要望で沖縄の「エンドーの花」で締めた。
聞いていた友人たちはお世辞でなく楽しかった、と言ってくれたので安心した。
帰りに久しぶりにアメ横に寄ったが人でごった返し歩くのもママならない状態だった。休日の為もあるだろうが、東京の人の多さに草臥れた。
公園に秋の叙情歌響きけり
11月6日
連休の日曜日、女子のブリジストンオープンゴルフのテレビを見ていると、テロップに臨時ニュースが出た。
「小沢民主党代表、辞意を表明」
まさに青天の霹靂、日本中の人が驚いた。福田総理との会談で、連立内閣の申し入れを、民主党の幹部が拒否をしたことが理由だという。参議院選挙の大勝利以来、インド洋の給油活動反対を固持し、国際問題に発展させる要因を作り、一時も早く衆議院選挙を行い、政権交代を果たす。と豪語していた本人が急に180度転換した発言には、誰もが信じられない思いをした。
ところが、あろう事か2日たったら前言を翻し、代表を継続するという。小沢さんは以前にも何回かこれに類する行動を取っている。天下国家を論ずる人がこのようないい加減な事が許されるのか。一度辞めると公言した人に、大の男たちが頭を下げて「もう一度戻ってきて下さい」と頼んだのも情の無い話だ。「それなら俺が代わりをやって見せる」といった人物が出てこないことも寂しい限りだ。
一方では、一人の不心得な役人の行動を糾す為に、この重大な時期に国会の審議が休止している。国内問題だけでなく重要な外交問題が絡んでいるので、国際的信用問題でもある。これでは近い将来、日本が地球上最低の国に成り下がってしまうのではないかと心配になってきた。今、国民が一番望んでいることは、強烈なリーダーシップを持った政治家の出現である。
英雄を待望しつつ秋暮れる
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