文化・芸術

5月10日(土) 俳句2つ

朝から氷雨が降り、気温も10度近くまで下がる。

つい先日北海道が30度近くまで気温が上がり、異常気象に驚いたのに数日のうちに0度まで下がってしまう。

街行く人も何となく不機嫌に見える。

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歌舞伎座に団菊祭を観劇に行く。

「義経千本桜」「喜撰」「幡隋長兵衛」の三本立て。

海老蔵の「渡海屋銀平」勢いがあり、若さが充ちて気持ちが良い。

魁春の「女房お柳」もせりふがはっきりしている。充実した2時間だった。

「喜撰」の三津五郎はさすがに踊りの名人、明るくしなやかにこなしていた。

幡隋長兵衛のせりふの中に「武士の武は、争う事でなく(矛を止める)と言う字で、調整する意味だ」とあった。

自分の名前の「武」にこんな意味のあるのは知らなかった。

漢字は、表意文字で世界には類のない表現法である。

最近漢字に関する本が脚光を浴びている。「漢字検定試験」も盛んに行なわれている。

ワープロでは同じ発音で検索してとんでもない間違いが往々にして出てくる。

テレビのテロップでも誤りの訂正が日常茶飯事となっている。

一方では、略字が横行して初めの意味がわからなくなっている字も少なくない。

特に中国の新聞などには、略してしまって全く意味の判らなくなっているものも数多く見受けられる。

吉村昭も、城山三郎も最後までワープロを使わず、原稿用紙に書き続けたと言う。

確かに活字のほうが訂正も簡単だし、辞書も使わずに済ますことが出来るが、書きながら出てくる構想とは違ってくるのかもしれない。

文豪たちの生の原稿は貴重なものだ。

私も吉村昭先生の「闇を裂く道」の書き出しの原稿を戴き、我が家の宝物として大事に保管している。

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電車の中で、幼児が泣き止まず若い奥さんが一生懸命あやしている。

昔はこんな光景は年中見られたが、今では余り見られなくなった。

少子の為か、久しぶりに何か元気を貰った気がした。

「くせ字便 旧友(とも)と語りし 初夏憶う」

「幼児泣く 声久しぶり 五月晴れ」

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