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12月24日~駄菓子の思い出~

小沢昭一さんが亡くなった。昭和4年4月6日生 私より一年早い。

 

 

俳優としては勿論、何と言ってもラジオ番組「小沢昭一的こころ」が25年間続いた。

 

 

その間、各誌に独特のエッセイを書き続けた。

 

特に子供時代の話題が、私達昭和1桁生まれのものには懐かしさと共感を与えてくれる。

 

 

***

 

 

小遣いに貰った1銭銅貨を握り締めて、駄菓子屋に行き、何を買おうか迷っていた光景はだれでもが経験をしたことである。

 

 

メンコにしようか、飴玉にしようか、長い間駄菓子屋の店先で選択していた時が一番楽しみだった。

 

 

小沢さんは、写真のメンコを集めていたそうだが、気にいったものを見つけると矢も楯も堪らず、銭のない時は泣く泣く引き上げたこともあったそうだ。

 

 

私はベイゴマを集めていたが同じような思いは私も何回も経験した。

 

 

***

 

 

トンボを採る、トリモチが大好きで、成人してからも駄菓子やらしき店を見つけると、トリモチを探し回ったという。

 

 

竿の先にトリモチをつけてヤンマを追いかけた記憶が鮮明に思い出されたという。

 

 

あるとき、トリモチの付いた竿が折れてしまったものを、神社の賽銭箱に入れると、面白いように銅貨が付いてきた。

 

 

それを5枚ほど持って帰ると、母親に見つかり、普段叱った事のない母に大目玉を食い、一諸に神社に謝りに行った話が書いてあった。

 

 

***

 

 

それで思い出したが、私も同じような経験をしたことがある。

 

 

小学校3年のとき、父が警察の署長をしていたので、官舎に住んでおり、警察の道場に柔道の真似事を習いに行っていた。

 

 

ある時、若いお巡さんが、練習が終わった処で

 

 

 

 

「坊やお腹が空いたろ、いいところに連れて行ってあげるから、家に帰って着替えて此処に戻っておいで、お父さんやお母さんには絶対内緒だよ。」

 

 

そして、駅の近くの「どんどん焼き」と看板の出ている店に連れて行ってくれた。

 

 

当時はおやつと言ってもたいしたものはなかった。

 

 

そこで出されたうどん粉に野菜や芋の入ったもの鉄板の上で焼いてくれた。

 

 

少し経つと有家が湯気が出てなんともいえない匂いが漂てきた。

 

 

程よく焼けたものを適当に切って皿に載せてくれた。

 

 

「サー暖かいうちに食べなさい。上にソースをつけて、熱いから気をつけてゆっくり食べなさい。」

 

 

 

 

と言ってくれた。

 

 

今まで食べたことがない美味しさが口の中に広がり夢中になって食べた。

 

 

「どうだ、美味しいだろう。もう一枚頼むか。」と追加してくれた。

 

 

家に帰って、兄や姉に自慢したかったが、巡わりさんとの約束だから黙っていた。

 

 

夕食の時、お腹が一杯だったが、普段食欲旺盛なのに間食をしたことがばれてしまうと困るので無理して食べたが、お腹が一杯で苦しかった。

 

 

***

 

 

暫くたってから、どうしてもあのどんどん焼きの味が忘れられない。

 

 

もう一度若い巡わりさんに頼むわけには行かない。

 

 

それでも我慢が出来ず、引き出しにある母のがま口から5銭玉を一つ持ち出して前に連れて行ってもらった店に行った。

 

 

入り口で少し迷ったが思い切って扉を開けた。

 

 

昼過ぎなので店にはほとんど客は居なかった。先日のおばさんが出てきて

 

 

「あら、先日の坊ちゃんですね。今日は一人、まあーお座りなさい。この間のと同じで良いわね。一枚を少しよけに作ってあげるから。」

 

 

 

 

と言って、手際よく焼いてくれた。

 

 

今度は一人でゆっくりと味わいながら食べることが出来た。悪い事をしたとは思うが、この美味しさは我慢できない、と思った。

 

 

***

 

 

それから暫くしてもう一度母のがま口から五銭玉を失敬して店に出掛けた。

 

 

しかし三度目のとき、引き出しを開けようとした時、後ろから母に手を止められた。

 

 

「どうも先日からおかしいと思っていたけど、一体何に使うためにお金が要るのか正直に答えなさい。」

 

 

と追求された。初めは黙っていたが、とうとう白状してしまった。

 

 

「あなたのお父さんは警察の署長さんですよ。その子供が盗みをするなんて恥ずかしくないの。お父さんに言いつけて留置場に入れてもらうから。」

 

 

と泣きながら説教された。

 

 

丁度その時父が家に帰ってきた。

 

 

間が悪かったが、母が父に経緯を話した。私は生きた気持ちがせず黙って震えていた。

 

 

すると父は別の部屋につれて行き、静かに話しだした。

 

 

「お父さんはお前がそんなに悪い子とは思わない。

 

 

何でどうしてもどんどん焼きが食べたいなら、お母さんに正直に相談しなったのか。

 

 

これから何でも正直に話さなければいけないぞ。

 

 

今日はもう良い。これから気をつけろ。」

 

 

と静かに言ってくれた。

 

 

どんなに強く叱られるのかびくびくしていたが、あんまり静かに言われたので却って厳しく感じ、涙が止まらなかった。

 

 

少年時代の思い出が、今でも鮮明に心に響いており、お好み焼きを見るとこのことが思い出される。

 

 

昭和一桁時代の悪がきは、同じような悪さをしたものか。

 

 

 

 

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