1月26日~睡眠時間~
昔から、寝るのは得意だ。小学生の頃、遊びつかれて夕食を食べながらお茶碗に顔を突っ込んで寝てしまった、と、母が笑っていた。
「枕が替わると寝られない」と、いう話を良く聞く。確かに使い慣れている枕の方が安眠できるう事は確かだが、ホテルや宿屋に泊まっても寝られない、という思いはあまりしたことがない。
会社の会議などで、時々居眠りをしていたらしい。
しかし周りの人の話を聞いてみると「岡さんは居眠りをしているかと思うと後の話が繋がっている。あれは狸寝入りではないか」と、よく言われた。
これも特技なのかもしれない。
しかし、電車の寝過ごしで失敗したことは数え切れないほどある。
***
もう30年ほど前になるが、新幹線の最終で、はっと気がついたら窓から熱海後楽園の観覧車ネオンが窓の向こうにあり、終点の三島駅まで連れて行かれてしまった。
プラットホームに下りると、周りの人たちが我先にと走って改札口に向かっている。
外に出るとタクシー待ちの長い列が出来ている。やむを得ず最後に並んでいた。
そのうちにタクシーの数は見る見る減って、私の45人前で出払ってしまった。
すると前に並んでいた人が「仕舞った!今日もあぶれてしまった。あんな初めてのようだが、もうタクシーは殆ど戻ってきませんよ」と、教えてくれた。
残った人たちは諦めたように皆歩き始めた。
止むを得ず私も歩き始めた。そのうち車が拾えるのではないか?、と、淡い期待を持っていた。
2月の寒い夜中だが、アルコールがまだ残っていたので寒さはあまり感じなかった。
国道1号線から136号線に入ったが、車は時々トラックが猛烈なスピードで通り過ぎていくくらいで、タクシーらしい車は全く見られない。
2時間以上歩いた頃から、革靴の為か足が痛くなってきた。
熱函道路に入ったら益々自動車の姿は見えない。伊豆の山並みが星空の下遠くに連なっている。
坂道になり足は益々痛くなってきた。歩き始めて4時間ほど経ったが延々と続く道はちっともはかどらない。
ようやく上り詰めて、長い熱函トンネルに入った。
普段車で通過するときはあまり感じなかったが、トンネルの中は不気味なほど静かで信じられないほど長かった。
ようやく家にたどり着くのに6時間掛かった。いつの間にかあたりは明るくなっていた。
そっと玄関の扉を開き、寝巻きに着替えて夜のうちに帰ってきたように静かに寝床に入った。
しかし足が痛くてな中々眠れない。たびたび午前様をしていたので、家族の者には内緒にしていたが、しばらく足が痛くて靴が履けず、ばれてしまった。
***
こんな笑い話がある。
昔、小さな部落のあるお寺に熱心な信者がいた。
説教僧は関心して、「お前の好きなものを挙げるから言ってみなさい」というと、
信者は「もし出来ましたら御堂柱を一本ください。私は不眠症で眠れませんが、ここにきて柱に頭をもたせると直ぐ眠れます。」
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