« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

1月26日~睡眠時間~

昔から、寝るのは得意だ。小学生の頃、遊びつかれて夕食を食べながらお茶碗に顔を突っ込んで寝てしまった、と、母が笑っていた。

「枕が替わると寝られない」と、いう話を良く聞く。確かに使い慣れている枕の方が安眠できるう事は確かだが、ホテルや宿屋に泊まっても寝られない、という思いはあまりしたことがない。

会社の会議などで、時々居眠りをしていたらしい。

しかし周りの人の話を聞いてみると「岡さんは居眠りをしているかと思うと後の話が繋がっている。あれは狸寝入りではないか」と、よく言われた。

これも特技なのかもしれない。

しかし、電車の寝過ごしで失敗したことは数え切れないほどある。

***

もう30年ほど前になるが、新幹線の最終で、はっと気がついたら窓から熱海後楽園の観覧車ネオンが窓の向こうにあり、終点の三島駅まで連れて行かれてしまった。

プラットホームに下りると、周りの人たちが我先にと走って改札口に向かっている。

外に出るとタクシー待ちの長い列が出来ている。やむを得ず最後に並んでいた。

そのうちにタクシーの数は見る見る減って、私の45人前で出払ってしまった。

すると前に並んでいた人が「仕舞った!今日もあぶれてしまった。あんな初めてのようだが、もうタクシーは殆ど戻ってきませんよ」と、教えてくれた。

残った人たちは諦めたように皆歩き始めた。

止むを得ず私も歩き始めた。そのうち車が拾えるのではないか?、と、淡い期待を持っていた。

2月の寒い夜中だが、アルコールがまだ残っていたので寒さはあまり感じなかった。

国道1号線から136号線に入ったが、車は時々トラックが猛烈なスピードで通り過ぎていくくらいで、タクシーらしい車は全く見られない。

2時間以上歩いた頃から、革靴の為か足が痛くなってきた。

熱函道路に入ったら益々自動車の姿は見えない。伊豆の山並みが星空の下遠くに連なっている。

坂道になり足は益々痛くなってきた。歩き始めて4時間ほど経ったが延々と続く道はちっともはかどらない。

ようやく上り詰めて、長い熱函トンネルに入った。

普段車で通過するときはあまり感じなかったが、トンネルの中は不気味なほど静かで信じられないほど長かった。

ようやく家にたどり着くのに6時間掛かった。いつの間にかあたりは明るくなっていた。

そっと玄関の扉を開き、寝巻きに着替えて夜のうちに帰ってきたように静かに寝床に入った。

しかし足が痛くてな中々眠れない。たびたび午前様をしていたので、家族の者には内緒にしていたが、しばらく足が痛くて靴が履けず、ばれてしまった。

***

こんな笑い話がある。

昔、小さな部落のあるお寺に熱心な信者がいた。

説教僧は関心して、「お前の好きなものを挙げるから言ってみなさい」というと、

信者は「もし出来ましたら御堂柱を一本ください。私は不眠症で眠れませんが、ここにきて柱に頭をもたせると直ぐ眠れます。」

|

1月24日~オバマ就任式~

今世紀初の世界的イベント「黒人大統領の就任式」が、何と人口60万人のワシントンに200万人の聴衆を集めた。

このニュースは全世界で大々的に報道された。

如何に現在、世界中がアメリカの動向を気にしているかを物語っている。

昨年のサブプライム問題に端を発した世界的金融不況の現況のアメリカが、今後どのように経済的に立ち直るか、又イラク問題で行き詰まり、アフガニスタンでてを焼いている外交問題をどのように解決していくか。

オバマ氏に託された責任は計り知れない。

***

日本人のオバマ支持率が90パーセントと報じられた。誰もがこの閉塞感から何とか逃れたいと思っている証拠だ。

果たしてオバマ政権は日本にとって幸運を齎せてくれるのか期待は大きい。

しかし、それには今の日本の政界の状態では、アメリカ政府もまともに付き合ってくれるか心配である。

中東の海賊襲撃に対する日本の及び腰、自衛隊の行動範囲に対する憲法問題、アフガニスタンに対する貢献など、問題山積に対して、麻生内閣と民主党の対立、まさに仁義無き戦いの様相に呈している。

このままでは、世界の流れから日本だけが蚊帳の外に置かれてしまうのではないではないだろうか?

***

株価が7000円台半ばまで急落を始めた。

円高も進む。

大企業の雇用調整が毎日報道されている。

治安は乱れ、子供に対する犯罪も驚くほど増加している。

誰もが感じていることを、ブログに書いてどうなるものではない事を知りながら、ついぼやきたくなってしまった。

次は何か明るい話題を探してくるので今回は勘弁して貰いたい。

「ぼやいても 冬の寒さは 増すばかり」

|

1月17日~車内マナー~

阪神淡路大震災からもう14年、月日の経つのは早いが、被害を受けた人たちにとっては、何年経っても忘れられないと思う。

改めて多くの犠牲者のご冥福をお祈りいたします。

***

今日、1月17日は、熱海には大きなイベントが2つある。

一つは「熱海梅園梅祭り」のオープン、たぶんこの好天気で幸先の良いスタートがきれることだろう。

今年は或る篤志家の巨額の寄付により、梅園の整備が進み、暖かさも見方して、早咲きは既に5分以上開花して観光客を楽しませている。

もう一つは、「金色夜叉」のお祭りである。

熱海を一躍有名にした、「今月今夜のこの月」と言う名セリフで知られる、尾崎紅葉を記念して海岸の銅像の前で、寛一お宮の寸劇名場面を熱海の芸子連が披露する。

まだまだ寒さは続くが、熱海の春を告げる観光シーズンの幕開けがやってきた。

この不況を乗り越えて何とか景気回復を願いたいものだ。

***

先日、東横線の各駅停車に、自由が丘から乗った。

急行を待ち合わせのために、多くの人が乗り換えたので、座席は半分以上空いていた。

丁度私の前の席に20代の派手な服装の女性が乗ってきた。

すると、直ぐにバッグから鏡と小さな道具を取り出して、お化粧を始めた。

まつげを上にたなびかせる為に針のような細いもので一生懸命操作をしていた。

「あんな目の近くで、揺れる電車の中で使っていて、もし電車が急停車して目を傷つける事故でも起きたら、運転責任を追及するのではないか?」と、心配になった。

最近乗り物の中で化粧をする人をよく見かける。化粧などは当然自宅か他人の居ないところでするのが常識だと思っていたが、臆面も無く、他人に見せびらかすようにしているのをみると、なんか日本人のモラルがどん底まで落ちてしまったようで悲しくなってきた。

***

そういえば、高校生や中学生が電車の床の上で、車座になっているのを見かける。

当然乗降客の迷惑になるが、避けようとものしない。中には物を食べていることもある。

家庭ではこのようなことに対して注意もしないのだろうか?

新幹線の中でも混んできて空席を探しても、自分の荷物を平気で隣の席におき、「あいていますか?」と、お声を掛けると、面倒くさそうにやっと退けてくれる。

小さな子供を関に寝かせ周りに人が立っていても知らん顔。子供が遊びまわって通路を駆けていても親は注意をしようともしない。

老人・妊婦の優先席に若い人が平気で座っている。

「席を尾譲りください」と言う車内放送を聞く度に、外国人に聞かれるのではないかと恥ずかしくなる。

さすがにこのごろは喫煙以外の電車の中でタバコを吸う人がいなくなったのが救いだ。

***

日本の国の建て直しには、経済問題も勿論重要だが、公衆道徳高揚問題もないがしろには出来ない。

このままでは、美しさを誇っていた日本の社会構造の破滅が近づきつつあることを、全員で意識していかねばならないと、つくづく思う今日この頃である。

|

1月11日~明日~

熱海第一小学校の校庭を横切り、隣の来宮神社におまいりするのが日課になっている。

校庭に面した校長室のガラス扉に、ある日「明日」と大きく清書した紙が張り出されていた。

顔見知りの校長先生が丁度部屋にいたので「これは何ですか?」と、たずねると、
「子供たちに明るい日を過ごしてもらいたいと願っています。」と、いう返事が返ってきた。

この学校では朝7時過ぎると、殆どの全校生徒が運動場を走り回っている。

中には縄跳びをする者、又並んで徒競走をしているなど、元気な声を出して運動している。

その中に先生方も混じっている。

私がそばを通るとそろって「おはようございます!」と挨拶してくれる。

時には、校長先生も仲間に加わっている。

この光景を見ていると私まで元気になってくる。

***

今学校は変換期に差し掛かっている。

文部科学省では、一時のゆとり教育の行き過ぎから、学力を取り戻す方針に変えようとしている。

先生方も迷っている面が多いと思う。

“単なる授業時間のみでなくいろいろの仕事に追われてゆとりもない”と、聞いている。

***

このようなときに早朝から出勤して子供たちと一緒に運動するのは相当の負担と思うが、子供たちと行動している先生たちの顔も大変明るい。

学校全体に活力がみなぎっているように見える。

最近は、熱海の学校は、不登校生徒・校内暴力など嫌な噂を聞かない。

マスコミは連日青少年の事件が報道されているが、今の本校のように全校一つになって指導していく体制が整っていけば、善良な方向に向かっていけるのではないだろうか?

***

登下校の子供たちも、声を掛ければ元気よく挨拶を返してくるし、先方から挨拶を先にされる子供もだんだん多くなってきたようだ。

少子高齢化の進む世の中、健全な子供たちの成長は日本の将来にとって何事にも変えがたいものである。

私たちも出来るだけ子供たちの成長に役立つことに心がけねばならない、と、肝に銘じた。

「白き息 運動場に 満ち溢れ」

|

1月7日~昭和天皇20回命日~

昭和天皇が崩御されて20年になる。昭和63年の11月ごろから、天皇の危篤が連日放送され、橋本大二郎NHKアナウサーがテレビ画面に登場していた。

***

私にとっては、天皇陛下というと昭和天皇がまず頭に浮かぶ。

昭和15年・紀元2600年の祝典に当時府中警察署長をしていた父が招待され、「遥か遠くだが、白馬に乗った天皇陛下を拝むことが出来た」と、興奮気味に語っていたのを今でもはっきり覚えている。

よほど感激したのか、その時もらった菊花のお供物を子供たちにひとかけらづつ配り、余った物を「これは役所の幹部に分けるからお前たちはそれで我慢しろ」と、言って大切に箱に仕舞って出かけでいった。

***

その後、太平洋戦争に突入し、日本中大空襲により焼け野原となり、原子爆弾の投下という最悪の被害を受けて敗戦となった。

敗戦後は、幸運にも恵まれたが奇跡的回復により、日本は高度成長を果たし世界の先進国の仲間入りをした。

今考えてみると、8月15日以降もし天皇制が無く、昭和天皇が居なかったら、果たしてその後の日本はどうなっていたか想像も付かない。

その間の陛下の心境は計り知れないほど苦しかったに違いない。

***

昭和64年の年が明けて正月気分の終わる7草の日に家内しいニュースが流れてきた。

そして、時の官房長官「小渕恵三」が「平成」と書いた紙を掲げ新元号を広げて新天皇の誕生となった。

***

あれから20年、節目の命日だからもっと国を上げての記念行事を盛大に開催しても良いのではないか。

又、マスコミも昭和天皇の功績を大きく取り上げるべきだと思うのは、私が年を取りすぎてしまったからなのか、物凄く寂しい。

|

1月4日~謹賀新年~

今年の正月は珍しく三が日とも快晴・無風、しかも暖かく、歩いていると汗ばむほどだった。

太平洋上に上る初日の出、左手に大島・初島がくっきり浮かび、徐々に姿を現す様は動くパノラマ、思わず手を合わせ、あまりの美しさ、神々しさに惹かれて4日間毎日拝みに行ってしまった。

***

その晴天の中、関心はなんと言っても「箱根大学対抗駅伝」だった。優勝候補の駒大と早稲田の争いと、誰もが予想していた。

ところが、東洋大学の一年生「柏原」という途轍もない新人が、5区の山登りで、あれよあれよと言う内にごぼう抜き、5分近くあったリードをひっくり返し、往路優勝を飾った。

一方昨年の優勝校「駒澤大学」がスタートからブレーキの連続で大きく出遅れ、とうとう最後まで調子を取り戻せず、シード権まで失ってしまった。

2日目は、東洋と早稲田のデッドヒート、区間ごとにトップを奪い合ったが、最後は問うように初優勝を奪われてしまった。

駅伝という競技は一人一人の力の繋ぎ合わせた物、だが、実際はチームワークの賜物、精神面がいかに大切かを知らされた。

早稲田が惜敗した悔しさはあったが、それより東洋の健闘を見て爽やかさを感じた。

しかも参加校全体のレベルが上がり、繰上げスタートが殆ど無く、優勝をした東洋、2位の早稲田をはじめ、各校の1・2年生の活躍が目立った事は、将来に繋ぐ大きな財産となった。

***

昨年からの不況ニュースが、新年の新聞・テレビでも盛んに取り上げられている。

確かに政治も経済もお先真っ暗だが、ぼやいていても仕方がない。

何とかこの苦境を乗り越える方策を見つけ出さなければならないのに、自民党も、民主党も、自分たちの政権保持奪還のみに勢力を傾け、果たして国民とか、日本の将来を少しでも考えているのが疑いたくなる。

アメリカでは新大統領が今月中に登場してくる。現状わが国としてどのように対応できるのか、日本の【チェンジ】はどうしたらいいのか本当に困ったものだ。

今では誰でも良い、この国難を救ってくれる救世主はいないのか。

駅伝の「柏原君」のような政治家が彗星のごとく現れるのを祈るほか無いのか?

***

青森県の八戸市周辺9万戸が、正月早々断水したそうだ。寒さもきびしくなってきたのに、水が出ないとは本当に気の毒だ。

このような事件が起きる度に、われわれは日常当たり前と思っていることがいかに有難いことが、感謝しなければならないと思う。

***

ニューギニアの地震の影響で、日本各地に津波警報が出された。

数年前に起きたインド洋の大地震と大津波が思い出された。

「グローバル世界」といわれるが、自然現象は地球上密に繋がっている。

温暖化問題が、今年も世界中の関心を引く事だろう。

今生きている人が、未来に何を残していくか、誰もが真剣に考えていく義務を背負っていることを忘れてはならない。

「初日の出 大島・初島 浮かばせて 動くパノラマ 平和を祈る」

「箱根路を 若者走る 襷かけ」

| | コメント (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »