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2008年10月

10月18日(土) ボニージャックス50周年

昭和33年、早稲田グリークラブを卒業した4人が「男声合唱団」としてデビューした。

恩師「磯部先生」が、「ボニージャックス」と命名してくれた。

あれから50年、歌い続けて今回「早稲田の杜の詩人たち」と題して50周年記念コンサートが、昔懐かしい日比谷公会堂で開催された。

6年前、セカンドテナーが交代したが、他の3人は70歳を超えても元気そのもの、日本の歌は勿論、世界各地の歌を5000曲以上のコーラスアレンジ楽譜を持っていると言う。

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第一部は、名デイレクター「長田暁二氏」の司会により、早稲田出身の詩人達を紹介しながら我々の聞きなれた懐かしい歌の数々を披露した。

第2部は、フジテレビの元アナウサー「露木茂氏」の司会により、作曲家でもあり演奏家としても幅広く活躍している「白石信氏」、写真家でハワイアン歌手でもある「浅井慎平氏」、バンドネオン奏者「斉藤明氏」など多彩なゲストを迎え、飛び入りで「江戸家子猫氏」まで舞台に登場し、楽しい歌の数々を提供、満員の観衆は大喜び、最後は、磯部先生作詞・作曲“遥かな友に”のグリークラブOBと共演で締めた。

花束の贈呈の後,アンコール曲は、当然 第三回レコード大賞(童謡賞)に輝いた普及の名曲“小さい秋見つけた”で、2時間半を越える楽しいコンサートは終了した。

出口では別れを惜しむ人達がお互いに感動しながら長い時間たむろしていた。

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この日、早く東京に出て、山田洋二監督、中村勘三郎主演、初めての試みであるシネマ歌舞伎、“人情噺文七元結”を観賞した。

歌舞伎の舞台では何度か見ている出し物だが、映画となると、役者の表情・所作がクローズアップされ、普段の舞台とは全く違った雰囲気だ。

この試みはつぎに「連獅子」が上映されるが、歌舞伎の世界に一石を投ずるほどの迫力を齎すと思う。

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10月7日(火)~卒業65年目の同期会~

昭和18年3月、私たちは東京の下町、江戸川区立小松川第一小学校を卒業した。

奇しくもその翌年、昭和20年3月10日未明、アメリカ軍B29による無差別大空襲の為、学校は勿論多くの人が家を焼失してしまった。

しばらくは誰が犠牲者かも定かでなかった。

社会人になって何年か経ち、有志により同期会が開かれたが、中々名簿が揃わず参加する人は少なかった。

しかし、幹事の人達が苦労を重ねてようやく40人ほどの名簿が出来、それから本格的に同期会が開催されるようになった。

今年は卒業後65年、皆喜寿を迎えた。2年越しに泊りがけで開催しようと言う事になり、10月6日十六人が熱海後楽園ホテルに集まった。

当日の出席者は、男性12人、青木・上田・岡・君塚・小松崎・渋谷・高橋(晋)・高橋(秀)・福田(武)・堀口・渡辺、女性は四人・大竹・坂田・永野・西川。

全員2時間前には集合、ゆっくり温泉に入り、早くも部屋で酒盛りが始まった。

午後6時宴会場に集合、番号で席を決め、まず集合写真を撮る。

仲間には、元朝日新聞部写真部の小松崎、そして広告会社社長の渋谷、と言うプロが居る。

何時もこの二人が叮嚀に思い出を写して編集してくれる。

別に気取った挨拶も無く、早速乾杯に入る。30分くらい経って、大竹さんの提案による、“ビンゴゲーム”を始める。

童心に帰ってゲームは佳境に入る.どういう訳か、賞品5つの内、3つを女性が占めた。

大騒ぎの後、カラオケ大会に入る。旧い歌が出るは出るは、延々3時間近くの宴会になった。

その間適当に席を移し、お膳をはさんで昔話が飛び交う。

最後にみんなで『貴様と俺とは同期の桜』の合唱をして取りあえず宴会を終了し、二次会場に移動する。

上田の提案により、一人3分の約束でスピーチを始めた。話し出すと、とても3分では止まらない者も出るし、途中野次も飛び、昔の暴露話もあり大いに盛り上がった。

小腹が空いて来て、ミニラーメンを注文、出前が来るまで又話が進む。

11時過ぎにようやくお開きになったが、まだ話し足りない人たちは、夫々の部屋で夜中まで起きていたようだ。

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翌朝、用事のある人は先に帰ったが、10人ほど、ホテルの用意してくれたバスでMOA美術館に向かった。

丁度『黄金の国ジパング展』が開催されていて、オリンピックの北島選手の金メタルも飾られていた。

観覧の後、10gatu6ka食堂でコーヒーやビールを飲みながら又30分ほど雑談した。

皆満足そうで、来年は初夏『バラ園』の観賞を織り込んで企画する事を約束して、別れを惜しみながら熱海駅で解散した。

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坂田さんから、空襲の体験を書いた随筆を貰った。

家に帰って読んで当時の事を思い出し、思わず涙が滲んできた。

お互いに戦中戦後の苦難な道を経てきているので、思い当たる事ばかり、今日まで無事に来られて本当によかった。

後何年続くか解からないが、健康に留意し、来年も再来年も元気で会いたいとだれもが思って家路に着いた。

「語り合う半世紀の秋よみがえり」

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10月3日(金)~日本語は、難しいけど面白い~

HNK午後9時のニュースを見ていたが、大阪の放火、汚染米、殺人事件と悪い話ばかり、見いているのが嫌になりチャンネルを回した。

すると、10人くらいの回答者が出ている「クイズ番組」が放送されていた。

何となく見ていると、難しい問題が次々と出題されている。

残念な事に私には殆ど解からない。わずか30分ほどの間に幾つかの物事を知ることが出来た。

1.日本語には、数字の語呂合わせの言葉が多い。10月2日は「豆腐の日」その外言われてみれば沢山ある。「十六銀行」が質屋である事は知っていたが、

問題「十三や」は何の商売か? 四と九で「櫛屋」

2.「蝋燭の数」はどう数えるか 「一丁2丁」ヴァイオリンも同じ

3.「満を持す」はあるスポーツから来ているがそれは「弓の弦を絞った」状況から

  「的中・的を得る」も同じく弓道からの引用

4.寄席の「とりをとる」とりとは最後に演じる,の他「ギャラをとる」寄席では最後に演じた人が出演料を貰いみんなに配る習慣から来ている

5.同じ「鳥なのに、烏は何故横棒が一本足りないか」この横棒は、目を現しているカラスの目は全体が黒いので目立たないので一本足りない。

まだいろいろ有ったが、日本語は本当に難しいと同時に、大変奥深く興味津々であり四十六時中「一日中」使っている言葉に中に意味の解からないものが沢山あるのに気が付いた。

たまには馬鹿にしないで「クイズ番組」も見るものだ。

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10月1日(水)=神無月=

神様が皆出雲に集まってしまうので、陰暦の10月を神の居なくなる月というのだそうだ。

今日の国会の代表質問を聞いていて、日本中に政治家が居なくなってしまったのではないかと思い、情けなくなり思わず途中でチャンネルを回してしまった。

アメリカの下院でも、11月の選挙の影響を考えて、[金融安定化法案]を否決してしまった。

名目は、「一部の金融業者救済の為に、巨額の税金を拠出するのは一般市民の納得を得られない」との理由のようだが、アメリカのサブプライムローンから発した金融世界恐慌を沈静化するには、外に手の打ちようも無いと、大統領も、次の大統領選挙を戦っている、マケイン・オバマ両候補も同意している法案を通過させる事は、アメリカの最低の義務だと思うのが当たり前である。

EUでもその影響の大きさに右往左往している。

世界中政治家ナッシングに陥ってしまったのか、世紀の初めに世紀末を迎えてしまい、核問題より速く大恐慌が地球上を荒らし回ってしまうのではないか心配は尽きない。

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静岡食品衛生協会の事務を担当している、ベテラン“土屋久代さん”が私のブログを毎回読んでくれていて、熱海の食協の事務員にコピーを送ってくれた、との報告を貰って嬉しくなり、早速御礼の電話をした。

土屋さんとは、10年以上前、私が熱海食協の会長をしていた時からの付き合いだが、最近ご無沙汰していた。

この頃のように、書いたりサボったりしては申し訳ない。これからは精を出しまめの書く事にする。

月刊誌[到知]の30周年記念に短歌を募集していた。まずい拙句を送ったら一次審査に受かったと言う。

「他を恨み世をはかなんで過すより「到知」の心を吾に宿さん」

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